別冊イチカレイカ

夏短すぎ問題

病的な片付けと未使用のノート

掃除や片付けが得意だというと羨ましがられることが多いが、私のそれは単に所有に対する恐怖からきているのでどうしようもない。同様の理由で物欲も、物事に対する執着も弱い。具体例を挙げると、アニメの録画データが飛んでも、多分平気だ。あ、いや、未視聴のプリキュアがあったら、それはちょっとダメかもしれない。
小さい頃は、それはもう様々な物にストーリーを与え、上下をつけ、管理し、保持しようとしていた。けれどそれにはかなりのリソースが必要だと分かり、そして自分はそれはないと悟ったとき、目が届かなくなり何かが欠けるいらだちに負けた。中学の頃だった。
所有物とはすなわちエネルギーだ。もちろん資産的側面もあるが、もっと根源的な、生きる力のようなものだ。物が多量にある状態を好む人は、生命力が強い気がする。私の原動力の大半は片付けたいという欲求だが、これは突き詰めれば自分を片付けてしまいたいということで、緩やかな自殺願望だ。想像力がなく、クリエイティビティと縁がない原因はここにあると思っている。
生活必需品のストックすら二つ以上買い置くことができない中で、ノートだけは無駄に溜めている。常に使う、使用後の処分が簡単、あまり嵩張らない、値の張るものでもそこまで高くない、などの理由によって、私が衝動買いを全面的に開放している唯一の物だ。私の執着の残骸と言うべき、かわいそうなコレクションだ。